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アビラ、そして糸杉の影は長い

 

僕はアビラには1993年9月にサラマンカの帰りに、1996年9月にはセゴビアの帰りに車で立ち寄ったことがある。

そのときのアビラの印象は人間の息吹が感じられない、歴史の中で忘れられたような乾燥し切った街だということだった。

 

2010年3月にテレビのニュースは、カスティージャを代表する作家ミゲル・デリベス氏が90年の生涯を閉じたのを伝えていた。

僕は氏の作品を読んだことがなかったので、早速書店に行って氏のデビュー作であり1947年度ナダル賞受賞作品の

《糸杉の影は長い:La sombra del ciprés es alargada》を購入して読んでみた。

 

1900年代初頭を舞台にしたペドロ少年の精神の苦悩と成長の歴史で、成長してからの彼の回想は書籍の冒頭で:

私はアビラで生まれた。古い城壁の街で、生まれると直ぐに、この街の殆んど神秘的な静寂と隠棲が私の心に入り込んだのだと思う。ほかの色々な事情のほかに、この街の、間延びして引きこもった風土が、私の性格の大部分を決定したことは間違いない』

というものだった。

 

アビラという街は昔からこのような雰囲気を持っていたのだ。僕の見たアビラは決して歴史の中で忘れ去られた過去の街ではなかったのだ。街の特性だったのだ。

そこで僕は機会があればもう一度アビラを訪ねて、新たな目で街を眺めてみたいと思っていた。この本を抱えて。

 

2011年4月にマドリードに行く機会があったので、ここで1泊してアビラを訪ねることにした。

 

その日の朝、マドリードは時折小雨が降る天気だったが、街の北にあるグアダラーマ山脈のトンネルを抜けると天気が一変することが多いので、期待してビトリア行きの列車に乗り込んだ。

 

マドリードの北駅チャマルティンから列車で約50分、トンネルを抜けると薄日がさしていて、なだらかな広い丘陵に沢山の牛が放牧されているのは何時もの光景だ。

日本ではアビラ牛は有名だが、僕はそのチュレトン(ステーキ)がガリシアの牛肉と比べて取り立てて美味しいと思ったことはないのだが。

 

約1時間20分後にアビラ駅に着き、小さな駅舎を出ると西に向かメインストリートがある。小説では通りの両側には安宿が軒を連ねているのだが、現在は中級ホテルが連なっている。



この通りを辿ってゆくと城壁に達するが、その門の前に真ん中に樹と噴水がある小さな広場があって、これを囲む建物の一つのなかにペドロが大学に入るまで寄宿して学ぶマテオ・レスメス先生のピソがあるという設定だ。



この広場を起点に、早速、ペドロ少年が良く歩いた城壁の南の外側を東西に走るラストロ通りを辿るが、通りは西に向かって下って行き、ペドロが水遊びをしたアダッハ川の低地まで達する。



この数日は雨が多かったので水量が増していて水遊びの雰囲気ではなかったが。



アダッハ川に架かる橋を渡って丘を登ってゆくと、街の西の丘に立つ4本柱(cuatro postes)が眼に入ってくる。この由来を調べては見たが不明だった。あまり歴史的な重要性はないのかも知れない。



本柱から見たパノラマ風に見るアビラは、デリベス氏の描写の巨大な動物の背に跨ったような街だ。



本を読んだ後でアビラを訪ねると、少年ペドロが内省的でストイックで自己抑制の強い青年に育ってゆく舞台に、作者がアビラを選んだのはなるほどと思わせるものがある。最初に僕が訪れたときの印象は必ずしも的外れではなかったのだ。

 

この街は南にグレドス山系があるので、冬は北からの寒気が山系に当たって雪と氷がこの街を閉ざすという。満月の夜に月明かりに照らされる凍った街の光景は素晴らしいと著者はレスメス氏に語らせているが、カスティージャ・レオンの気候の厳しさを考えると、僕は冬にこの街を訪れる気はしないのだが。

今回訪れたのは4月の下旬だったが、フード付きのウィンドブレーカーが役に立つほど風が冷たかった。カスティージャは厳しい冬と夏があって、春と秋が殆どないと云っても良いくらいだ。

 

本を読むときに、僕は普通、主人公のイメージが頭の中に浮かぶのに、この小説を読んだとき一向にその気配はなかった。

自分の原理原則に忠実に孤高に生きる人間は多いと云っても、このペドロの思考と行動を読んでいると、何かもっと極端な偏屈な人間のイメージがぼんやりと頭に浮かんだだけだった。



【シノプシス】

アビラで生まれ幼児のときに両親をなくした10歳のペドロは、彼を厄介者扱いする後見人の叔父に連れられて、これから住み込みで高等学校教育(bachillerato)が終了するまで教育を受けるマテオ・レスメス氏の家についた。

マテオさんの家は城壁の外の小さな広場に面した旧い辛気臭い邸宅の一部だった。

マテオさんは経済的に豊かではない色々な奇癖をもつ変わった人物で、ものの考え方は常に悲観的だった。夫人のグレゴリアは痩せてぎすぎすした感じで、物の考え方は全く旧弊だった。この夫婦の間には少し知的障害のある3歳の女の子マルチナがいる。

 

暫らくしてアルフレッドというペドロと同年代の少年が入ってきた。彼は母親だけの片親で、母親は愛人が出来たので邪魔な彼をマテオさんに預ける。

ペドロとアルフレッドは同病相哀れむで無二の親友になって行く。

 

1年近く経って2人が最初の試験に合格してマテオさんを喜ばせる。一応一人前扱いされるようになって街の散歩に自由に行けるようになり、アダッハ川に下りて水遊びをしたり、城壁を駆け上がったりして戦争ごっこをしたりする。

 

ある日マテオさんとの散歩のとき、マテオさんは街の西の丘にある《4本柱:cuatro

postes》から城壁都市アビラを眺めながら、彼らに《幸せは足らざることを知ることにある、そして世間や感動や愛着から縁を切ることにある。1つしか持たない者は2つ与えられれば幸せを感じ、10持つものは8になれば不足を嘆き、20持ってもそう感激もしない》と懇々と悲観的に諭す。

 

その散歩の帰りにマテオさんの飼い犬で、皆に愛されるファニーが荷馬車に轢かれて片足を失ってしまう。足を失ったファニーを見ながら、ペドロは初めてマテオさんが云う《幸せは足らざることにあると知ることにある》という言葉を反芻する。

 

グレゴリア夫人の姉セルバンダ夫人とフェリーペ氏夫妻がアビラで数週間過ごしにやって来たが、引退した船長のフェリーペ氏の波乱万丈の冒険談にペドロは魅了される。

マテオさんはフェリーペ氏に、アビラは素晴らしいが、冬はアビラの南にあるグレドス山脈に寒気が当たって、アビラは冬に雪と氷に覆われるので、冬の風景を月夜に《4本柱》から見るのは絶景だという。

ペドロは海を知ること、月夜に雪に覆われた街を《4本柱》から眺めるのが夢になる。

 

その後、皆で墓地まで散歩したとき、マテオさんが両親の墓参りをするのを見たペドロは、両親を知らないペドロに誰も墓参りのことを教えなかったので、彼は血のつながりなどを考えたこともなく、常に孤立した人間だと信じてきた。

 

そして死というものを深く考え始める。現世で最も恐ろしく非常な現象は死であり、一方で、生への欲求は人間から意志を奪う、つまり時の状況に引きずられ、自分の意志に全く関係ない原因によって動く集団の意志の奴隷にする。従ってペドロはマテオさんが云うように、人と過剰な繋がりを持たず何の後腐れもなく死に至ることを考える。

 

夏休みに入ってアルフレッドは母と北の海に行き、母と子の水入らずの生活の期待は、また例の《男》が割り込んで来て無為に終わる。失意のアルフレッドは帰ったときは体重がますます減っていて、海水浴での風邪と疲労もあいまって1週間ベッドに就く。ペドロはアルフレッドの健康を心から心配する。学年も2年生になって2人とも勉学に励んでいるうちに、また厳しい冬が来る

 

ペドロはアルフレッドの健康が気になって不眠症が習慣になっていたが、ある夜、突然《4本柱》に行って雪に覆われて月光に照らされるアビラを見たくなる。何か彼らの状況を新たなものにするかも知れないとの予感で、彼はアルフレッドを起こして窓から忍び出て、雪を踏みしめて《4本柱》に行く。

 

ペドロはアビラの光景に恍惚となるが、気がつくとアルフレッドは意気消沈している。疲れたのだと思って家に担いで帰るが、部屋のベッドに就くや否やアルフレッドは喀血する。またしてもペドロの頭に忘れていた死の影がうごめき始める。

 

医者もマテオさんもグレゴリア夫人も、皆がアビラの気候は病気の治療には最良だということにペドロは懐疑的になる。そしてアルフレッドは2度目の喀血をして、母親がマドリードから駆けつけたときには事切れていた。

嘆く母親を見てペドロは何か嫌悪を感じる。

 

墓まで柩を運ぶ途中で、同道する人たちの死者への無関心に、ペドロの心はますます孤独になる。墓穴に下ろす前にペドロはアルフレッドの名前を呼びながら、柩にしがみつ引き離される。そのなかに《男》がいた。ペドロの怒りは爆発して、彼をゴロツキと呼び、アルフレッドは何よりも《男》を憎んでいたと言い放つ。《男》に往復びんたを食らうが、ペドロはアルフレッドが云いたかったことを云ったと納得する。

 

ペドロはマテオ・レスメス氏との約束がなければ、アルフレッドの埋葬の後、彼の家に留まることはないだろうと思う。レスメス夫妻との精神的な距離は開く一方で、心の空洞は癒されないままだった。

 

時が経ち人々はアルフレッドを殆ど忘れ、ペドロも彼も記憶が薄れてゆくが、人との濃密な関係が崩れたときの心の空虚さは、その後もペドロのトラウマとして澱のように残る。

 

ペドロが最終学年になり将来を考える年齢になると、周囲は彼が数字に強いのを見て技術者か建築家になるように勧めたが、ペドロは商船の船員になることを決意する。

 

一時的ではあっても、仕事の性格から常に水平線や人間が変化するので、永久の関係から逃れられる、崩れたときに悲惨な濃密な関係から逃れられるから。

ペドロ、17歳。万感の思いで一連の人たちから生きて別れる時、ペドロは心からの歓喜を感じる。

 

バルセロナの商船大学も孤高を保ちながら卒業し、沿岸航行の3000トンの果物運搬実習船に乗り組むが第一次世界大戦に遭遇する。

殺すために殺す戦争の無残さを通して、ペドロはますます人との深い接触を避けるようになる。

 

実習が終わると外洋横断船に航海士として乗り組み、その後は船長に昇格して主としてコルク交易に携わるが、あるときアメリカのプロビデンス港の近くで遭難した大型ヨットに乗るアメリカ人4人を救助する。

その中の1人の若い女性のジェーンは無邪気で活発で、徐々に頑なペドロの心を開いて行く。ジェーンの母親はアイルランド人で、彼女もカトリックであることが分かって親しみが深まってゆく。

 

必要以上に人との関係を深めないという原則に反して、デートを重ねてジェーンへの恋心は募ってゆく。しかし原則を曲げきれないペドロは精神的に混乱した状態でジェーンに別れを告げる。

スペインへの帰路でジェーンはペドロの頭から離れない。他の男と結婚するかもしれないという妄想にも苦しめられる。

 

サンタンデルに着いても心が晴れないペドロは気晴らしにビルバオに行く。そこで散策する間に俄雨に会い、飛び込んだ安カフェでピアノを弾くマルチナと偶然出会う。暗い家を出たい願望に付け込んだ男に騙されて駆け落ちしたのだった。

ペドロは彼女を説得してアビラへ連れて帰るが、長い不在の間にかなり街の様子は変わっていた。

マテオさん夫妻は彼に感謝したが悲観的な暗さは相変わらずで、マルチナが順応して行くのを祈りながらペドロはサンタンデルに戻る。

 

2回目のプロビデンスからの帰りにペドロは原則に固執する自分の特殊性を考え過ぎて消耗しつくす。彼の船の航海士のボレアが心配して、休養を勧めて彼の家族のいる田舎の家に連れて行く。そこでペドロは平穏な環境のなかで今までの人生の遍歴を考える。

 

子供のころにマテオ先生に植え付けられた悲観主義、親友のアルフレッドの死、戦争の死へ無関心さが。彼の孤立主義を助長してきたのを自覚する。

人々はペドロに《人との邂逅は全ては神の思し召しなので、先入観は捨てて率直になるように》と助言し、ペドロも率直にジェーンと付き合うようになる。

そこでペドロとジェーンは和解して二人の将来を約束する。ペドロの悲観主義は徐々に消えて行く。

 

船主から至急の帰国命令が来たので、ペドロとジェーンは結婚式だけ挙げて次の機会にスペインに一緒に帰ることにする。

スペインに帰ったペドロに船主は、次の航海が終わったら陸上勤務のポストを約束し、ジェーンが妊娠したとの連絡が入り、ペドロは家探しを始めて郊外に静かなたたずまいの家を買って家具をそろえ始める。そして将来の親子三人水入らずの家庭を想像する。

 

そのとき船主から急にプロビデンスへの出航命令が出され、ペドロはジェーンとの再会を心に抱きながらプロビデンス港の波止場に接近する。

ジェーンが車を走らせながら窓から手を振るのが見えた。そのとき港湾労働者が押すトロッコと交錯してジェーンの車は海に落ちて、1時間後に引き上げたときにはジェーンは身ごもったまま事切れていた。

 

ペドロはまたもの喪失に茫然として我を失い、サンタンデルに帰ると直ぐにアビラへの列車に乗り込む。この苦境のなかで立ち直るには、アビラの庇護の下で苦痛に満ちた精神をリラックスし、アビラの旧い郷愁に満ちた本質が浸みこむままにすることが必要と感じた。アビラの千年の石や雪の積もったノコギリ壁のなかでの刺激が減退した活力を引き出すだろうとペドロは確信した。

 

アビラの非常に旧い根と自分を再び出来るだけ早く結びつけたい。アビラの石に触れ、歴史を傾聴し、悲痛で寡黙な神秘性にもう一度自分を根付かせる不可避の必要性を感じたのだった。

ペドロはアルフレッドが眠る墓地に行き、墓石の隙間からジェーンの結婚指輪を中に落す。そして自分に元気を与えた2人の結合を確認して、この世で自分が存在する意義を確認する。

 

 








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