「憲法違反のお先棒を担ぐような官僚は絶対に許さない。政権を奪い返して必ず処分する」と民主党の小西洋之参院議員。僕は安倍政権は嫌いだが無能な民主政権が成立するなど誰も信じないだろう。見え透いたはったりはみっともない。
僕は人生で一度だけ本を厨芥ゴミ箱にたたき込んだことがあった。連続殺人で死刑を執行された永山則夫の手記《無知の涙》だった。一見深く反省しているよう だが自分の良心の呵責を吐き出すカタルシスに過ぎないと気がついたからだ。遺族には何の救いもない。そこで僕の嫌悪感が破裂したのだった。どんなに苦しく ても自分の心の中で自分を糾弾すべきだと。神戸の異常な殺人事件の犯人が手記を出版したというので思い出した。
2009年の4月、僕はインターネットでMLBのエンジェルズの試合を見ていた。22歳の新人投手ニック・エイデンハートの好投の将来性に関心を持ったのだった。
翌日のYahoo Sportsを読んで驚いた。エイデンハートは試合後に友人たちと車で家に帰るときに、飲酒運転で速度違反・信号無視の23歳の男の車に激突されて2人の 友人共々殺されたという。僕がこの事件に興味を持ったのは飲酒運転や無謀運転に対する日本の寛容さだった。米国ではどうなのか。エイデンハート事件の被告 に検察は第2級殺人として懲役50年を求刑したが半年後に31年で結審した。納得感があるのは危険運転致死などの曖昧なことではなく米国では殺人罪が適用 されることだった。
砂川市での事件はあまりにもエイデンハート事件に酷似している。日本の法律職人はどのように考えるのだろうか。
《サックス奏者オーネット・コールマンさん死去、フリージャズ牽引》。学生時代に氏の演奏を聴いて何か心の中をザラザラするような何かが走った。敗戦後の 食糧難の時代に家の鶏をつぶしたときに似た断末魔のうめきを思い出させる《Lonlely Woman》は今でも耳の奥に留まっている。
クリス・アージリス(Chiris Argyris)の本に25歳のときに出会ったのは神田のチャールス・E・タトル商会の書店だった。高度成長に浮かれて《成果主義》だの《目標管理》だの と人間性不在の思想が蔓延していた時代に、氏の人間性を尊重する思想は僕の自分の人生観の救いだった。人間の使い捨ての今、経営者に読んで欲しい。アージ リスの思想をまとめた《組織よひとをこう見て欲しい》を。